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斑鳩の里

 修学旅行や遠足で行かない事はないほど、誰でも訪れたことのあるだろうが、法隆寺は奈良県の中でも辺鄙な場所と感じていた。実は、案外大阪から法隆寺に向かう方が、京都や名古屋から向かうのに比べて交通の便は良いが、そのことはあまり知られていないように思う。
 言わずと知れた日本最古の木造建築であり、地震でも倒壊しない五重塔や夢殿、百済観音や玉虫厨子など、あえて説明の必要はないかも知れないが、それでも何度訪れても尽きない魅力的な場所である。法隆寺の南大門から中に入り、中門の手前から五重塔と金堂の屋根が見えてくれば、それだけで奈良まで来たと満足してしまう様相だが、改めてゆっくりと時間をかけて少し周辺まで散策する価値のある場所が斑鳩である。



 斑鳩の地は、聖徳太子に特に縁のある場所で、法隆寺の五重塔と共に、法起寺、法輪寺の三重塔、更に中宮寺、近年発掘調査が行われた藤ノ木古墳など6世紀から7世紀にかけての日本の原風景を現代に残している場所と考える限りには問題ないかと思う。
 ところで、聖徳太子については、高校の歴史教科書の一部でも虚構説が取り上げられるようになったとされるが、聖徳王という諱名に由来するという説や、聖徳太子という呼称が後世になって、少なくとも平安期頃に広く定着したといわれるように、後世の太子信仰と深く関係するので、少なくとも現時点では厩戸皇子という呼ぶ方が良いのかも知れない。

 法隆寺の伽藍の右手、東大門を越えて夢殿のある東院から境内を出て、1キロ程歩くと法輪寺に着く。この法輪寺の手前あたりで丁度法起寺の塔が見えて、見える方向にそのまま田園風景を1キロ弱ほど歩けば到着する。それぞれ厩戸皇子に縁にある飛鳥時代末期に建立された三塔を巡って斑鳩の町並みと田園風景の中を散策すれば、実はかなり遠方からでも塔を望むことが出来て、町の境界、あるいはランドスケープ的な役割を担っていることに気付かされる。
 法隆寺だけを見れば、壮大な大伽藍を中心として斑鳩という場所になっているように感じるが、実際には分散する伽藍に取り囲まれるように集落として門前町が作られている。仏教が伝来して、また様々な混乱の時期を経て、仏教を基盤とした新しい国のあり方を模索し始めた頃の都市空間のあり様が斑鳩の地には受け継がれているように思う。



 ちなみに、この三塔を同時に見られる場所が今でもあるが、住宅が現在のように密集してなければどこからでも塔を望むことが出来たのかもしれない。この飛鳥時代の伽藍から天平時代の東大寺が建立されるまでの短い期間が、それまでの日本の風景と違った、新鮮な空間を生み出した事は確かだろうと思う。
 諸説いろいろあるのは同然だろうが、近年発掘調査で注目される巻向の大神神社や、伊勢神宮、あるいは大阪の住吉大社などの法隆寺建立以前と、それ以降とで大きく日本の都市を含む風景に大きな変化が生じた事は事実であり、奈良、平安と後の時代に続く転機となっている場所と考えて良いと思う。



法隆寺中門の前より五重塔を望む 法輪寺三重塔 法起寺三重塔