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吉野 金峯山寺

 桜の名所として、また吉野杉の産地として、吉野のように古くから親しまれてきた観光地は流石にそう多くない。秋なら嵯峨野や嵐山、あるいは宮島あたりが吉野に並ぶ古来からの観光地だろうが、桜の名所となると醍醐寺くらいしか思いつかない。
 奈良市内からも決して近くない吉野も、桜の季節は全国からの行楽客でかなりの賑わいを見せるが、普段は相変わらず辺鄙で静かな山村といった風情が残っている。ここ数年は海外からの観光客も相当増えてきたが、とても適度なトレッキングコースとは言えない過酷な修験の道は、多少は観光地化の流れを阻んでいるのかも知れない。

 この吉野の地が日本隋一の桜の名所として歴史上登場するのは、奈良時代初め頃に役行者が修験場として開山してからになるが、吉野の地名が登場するのはもう少し古い。天武天皇が隠棲し、その後壬申の乱で挙兵するのがこの吉野とされ、更に記紀には応神天皇期に吉野の離宮が記載されている。神話の時代から自然信仰の聖地とされてきたと言われるが、仏教伝来以降は吉野にも多くの寺院が建立され、その後修験場として発展していった経緯は現在の吉野の姿からも伺うことが出来る。時代によって様々に変化を遂げた山岳信仰の中心が現在も吉野の山頂に位置する金峯山寺だと考えて良いかも知れない。



 近鉄吉野駅を降りて、バスターミナルを越えて正面にあるロープウェイで一機に山頂付近まで辿り着くが、ゆっくり散策するならバスで中千本まで行き、参道向って下り道を金峯山寺まで歩く方がより自然を満喫出来る。吉野駅から散策路を上って下千本の桜を眺めながら仁王門まで登り道を進むのが本来の参拝路かも知れないが、吉野の広大な景観を望むなら、境内を越えてもう少し先まで歩いていく必要がある。
 金峯山寺の伽藍構成は特徴的で、仁王門から入ると、ちょうど門を背にするように南向きに本堂があり、本堂前の広場の4本の桜が吉野を象徴するように植えられている。本堂は豊臣家の寄進によって1592年に再建されたので、吉野の歴史に比べれば比較的新しい時代に造られたものと言えるが、その高さ34メートルにおよぶ木造建築の威容は、東大寺大仏殿に次ぐ規模とされる。
 本来はその南側に二天門があったとされるが、現存しないため、その先の吉野山の尾根沿いに伸びる門前町と一体化したかのような風景になる。



 吉野の桜といえば、西行法師の歌と一体になって思い起こさせるが、この金峯山寺から奥千本の更に先にある西行庵までは相当な距離がある。吉野で最後に桜が開花する標高の高い奥千本には、中千本でバスを乗り継いで行くことが出来る。中千本から上千本を越えて奥千本の金峯神社までは5キロほどの登り道なので、歩いて向うと1時間強は掛かってしまう。吉野山の最奥の地、吉野と大嶺山を結ぶ修験の道として名高い大峯奥駈道の吉野側の入り口あたりに西行法師が隠居した西行庵が再現されている。
 西行が吉野滞在時に、この場所に庵を結んだかどうかは不明らしいが、後の時代になって、松尾芭蕉が西行ゆかりの地としてこの地を訪れている。この西行と芭蕉を繋ぐ場所という意味では、吉野の最奥に象徴的な庵が再建されるに十分な理由になっているように思う。




金峯山寺本堂 中千本から如意輪寺を望む 奥千本の西行庵