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堺から古寺巡礼

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京都嵐山その2

 今年に入って京都への外国人観光客が更に増えている様子で、市街地はすっかり国際都市の様相を見せ始めている。円安が続いている事も大きいだろうが、とにかく奥の深い京都の魅力に世界的関心が集まることは喜ばしいことだと思う。秋は、京都の至るところに名所があるので、適当に観光客も分散して貰えれば、より京都の魅力も増すだろうか。
 ところで、四季を通じて魅力的な景観を見せる嵐山嵯峨野一体の人気は、衰えるどころか益々行楽客が溢れかえりそうで若干心配になる。観光地が賑やかな事は喜ばしい限りだが、あまりに混雑し過ぎれば、それだけ支障を来たす恐れも増える。昨年に続いて今年も集中豪雨の影響で河川の水位も相当上がり、改めて自然の驚異を実感したと共に、1000年に渡ってこの危険に立ち向かって自然と共存してきた京都の歴史を改めて痛感する。



 さて、嵐山の渡月橋、天龍寺を越えて、良く知られた風景である竹林と大河内山荘、そのまま北に進んで二尊院、更に奥に向って鳥居本に行く手前に祇王寺がある。秋の嵐山散策であれば、大河内山荘と祇王寺は良く知られた観光名所だが、実は天龍寺や渡月橋付近に比べれば、まだゆっくりと楽しむ事ができる。
 往年の映画スターとは言っても流石に歴史上の人で、馴染が薄くなったのか、大河内傳次郎が半生を掛けて整備し続けた大河内山荘に往年の映画を懐かしむ観光客は少なくなったように思う。嵐山を代表する豪邸というか、圧倒的な規模の庭を眺めて感嘆する若い観光客の方が目立っている。
 この大河内山荘の建設が始まったのは昭和9年、庭師の広瀬利兵衛と共に大河内自身が設計し、映画出演料の大半を注ぎ込んで30年かけて作り上げられた。周辺の嵐山や小倉山を借景とした広大な回遊式庭園は、丘陵地に立つため京都市街地を一望することが出来る。主屋とされる大乗閣はテレビなど度々紹介されてきたので、よく知られているかと思うが、寝殿造とも数奇屋とも言い難い独特な建築で、大河内の美学というべきか、非常に個性的な佇まいを見せる。まるで舞台セットのようで、客間として設えられたようにも見えるが、あまりに絵画的で、記念撮影のために用意された場所のようにさえ見える。



 大河内山荘を出て、しばらく嵯峨野の田園風景の中を散策すると、まず小倉山の麓に二尊院の総門が見え、更に鳥居本の方へ向って、少し奥まったところに祇王寺がある。平清盛の寵愛を受けた白拍子の祇王と仏御前が出家のため入寺したと伝えられる古刹だが、むしろ瀬戸内寂聴の小説のモデルとなった庵主によって良く知られているかも知れない。
 祇王寺は由緒ある古刹ではあるが、嵯峨野の中でも奥まった山裾にある小さな隠居所のようなところで、本来は訪れる人も稀な静かな場所だったかと思う。それを証明するかのように、過去に何度も荒廃しては復興の繰り返しだったと伝えられている。江戸時代後期もかなり寂れた様子で、明治に入ってから富岡鉄斎らによって復興したとされる。
 決して広くない敷地に、茅葺の草庵のような本殿があるくらいで、庭全体を覆う苔と紅葉が隠れ家のような趣を作り出している。その優しげな紅葉の枝振が尼寺らしい端正な優しさを見せているが、こういった細やかな配慮の行き届いた所が如何にも京都らしい風景のように思う。本来ならこういった風景をゆっくり愉しむのが京都を訪れる動機のように思うが、せめて景色を見て改めて頭の中でイメージだけは膨らましたい。
 最近は、秋に限らず嵐山嵯峨野周辺は年中行楽客に溢れている。嵯峨野を越えて鳥居本まで行っても行楽客はあまり減らない。客足があることは喜ばしい事ではあるが、その賑やかさは決してかつての嵯峨野の姿と同じ様子とは思えない。祇王寺の慎ましい境内から、本来の嵯峨野の静寂さを感じ取れればと思う。




大河内山荘の主室、大乗閣 山荘庭より京都市内を臨む 秋の祇王寺