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興福寺北円堂

 法隆寺夢殿にしろ、栄山寺八角堂にしろ、どうも八角円堂という建築形式は藤原氏と縁が深い。藤原氏が歴史上に登場する契機になるのが、聖徳太子の子である山背大兄王が蘇我入鹿によって襲撃された事によるし、僧行信により建立された夢殿は、その襲撃の際に消失した斑鳩宮の跡地に聖徳太子を忍んで建立されたと伝えられている。
 その夢殿の建立は天平年間とされるが、藤原氏によって建立され現存する栄山寺八角堂はそれより50年程後の事、そして藤原不比等の一周忌に際し長屋王に命じて創建されたとされる興福寺の北円堂は、夢殿よりも少し前に建立されたと伝えられている。 修学旅行生にとっては東大寺と共に必ず訪れる興福寺。お目当ては国宝館に置かれる阿修羅像だろうが、境内の少し外れた所に建つ北円堂も、本来なら修学旅行のルートに入るべき重要な見どころに加えるべきだろうと思う。



 恐らく修学旅行であれば、広大な奈良公園と大仏殿は鮮明に記憶に残るだろうが、恐らく興福寺の伽藍の印象は薄い。本来は相当な規模の伽藍で、五重塔と三重塔、東金堂は見事な寺院建築だが、東大寺伽藍に比べると漠然の広い敷地に国宝建築が点在する状態なので、全体像は分かりにくい。強いて言えば猿沢池越しに見る三重塔や五重塔の美しさが少し記憶に残れば十分なくらいかも知れない。特に北円堂は境内の中でも五重塔や国宝館から離れた場所にあるので、わざわざ見学に行く人もそう多くないはず。再建された南円堂の方は見栄えも良いし三重塔からも近いので、そちら側を見学したら十分に満足してしまう。
 東大寺と共に日本史の大舞台のひとつだが、今ひとつ鮮烈な印象が残らないのが興福寺という古刹ではないかと思う。



  源平合戦の折に興福寺は多大な被害を受け、現存する北円堂も鎌倉時代に再建されたものではあるが、奈良時代の建築様式を今に伝えると共に、夢殿と比較される代表的な八角円堂である事には違いない。広大な興福寺伽藍の中では「ひっそりとした場所にある小さなお堂」という印象を受けるが、屋根勾配がやや急でどことなく中国建築風にも見える重厚な建築であり、華麗な内陣も是非見たい名建築のひとつとされる。北円堂の特別開扉の際には、改めて興福寺を訪れるべきだろうと思う。


興福寺伽藍-東金堂と五重塔 再建された南円堂 回廊を工事中の北円堂